鉄道で未来を変えたい

原発の必要性について少し語る

日本のエネルギー問題について考えさせられる番組を見た。原子力発電が日本の高度経済成長を支えてきた面がある一方、神話化された原子力発電の安全性に日本人自らが酔いしれた結果、福島の事故が発生した。僕は原子力発電には反対である。生活に必要なエネルギーはすべて再生可能なエネルギーのみで生み出すべきだ。再生可能エネルギーによる発電電力で電力需要が賄えないとき、どうやって足りない電力を補うのかについて考えのではなく、どうしたらその発電電力で満足な生活を得て、持続可能な発展を遂げられるのかについて議論すべきである。

日本はこれからも原発を頼っていいのか(Eテレ「未来塾」番組紹介)

この番組は「どんな方法でエネルギーを生み出すべきか」という問題について、豊かさと犠牲、首都圏とフクシマに焦点を当てて考えていく、刺激的な番組であった。明治維新以降、豊かさを求めて増え続ける首都圏の電力需要を支えたのは、福島県に建設された東京電力の発電所であった。福島の人々の犠牲の上に発展し、成り立っている社会を、豊かで幸せな社会と呼んで良いのだろうかということを、番組は問うている。

文明開化に伴う電力需要を支えたのは、福島に建設された水力発電所であった。明治後期〜大正にかけ、首都圏では電灯や工場、鉄道の整備拡充に伴い、電力の需要が増え続けていた。やがて首都圏に建設された発電所だけでは首都圏の電力需要を賄えきれなくなった。福島県にある猪苗代湖は、豊富な水量とふんだんな土地、関東近郊という好条件から、白羽の波が立った。

水力発電はやがて、首都圏で増え続ける電力需要に応えられなくなり、火力発電が主力になった。水力発電所を建設するための条件に合致する場所はそう多くなく、間も無く水力発電による発電量は頭打ちになった。しかし、電力需要は増すばかりである。そこで、建設条件が水力発電所ほど厳しくない火力発電所が次々建設されることになった。1985年には、火力発電による発電電力量は水力発電による発電電力量の5倍になった。

火力発電はしかし、オイルショックによって問題視され、代わりに原子力発電が脚光をあびるようになった。1973年のオイルショックによって、火力発電が主力である当時の電源構成では、石油を輸入できなくなった時のリスクが大きいと評価されるようになった。そこで、燃料となるウランの安定的な供給を受けることが可能な原子力発電が注目されるようになった。

原子力発電がもてはやされるようになった背景には、過度に信用された安全神話や、原子力発電所を置くことのメリットがあったという。番組で紹介された東京電力の関係者の話では、地震が発生した時には原子力発電所に逃げ込むのが最も安全だと住民に説明するほど、その安全性を強調していたという。また住民側も、原子力発電所が建設されることによる雇用の拡充や文化レベルの向上を実感していたという。

しかし、絶対安全だと思われていた東京電力福島第一原子力発電所は地震によって破壊され、最悪の事故が発生した。安価かつ安定的に発電できる夢の原発の廃炉作業には、30〜40年を要するという。施設を冷却するために発生した汚染水は毎日150トンのペースで増え続け、汚染水を貯めるため1000トン級のタンクが900基設置されているという。

原子力発電による犠牲者の上に成り立つ社会を、豊かな社会と呼んではいけない。安価・安全・安定的に電力を生み出せる夢の装置と思われた原子力発電所が、日本の環境を汚染し、地域住民の生活を奪った。結果として、不完全な装置を使ったために犠牲者が出たのだ。現在の一見豊かに見える生活の陰に、こうした犠牲があることを忘れていないだろうか。そもそも、そういう犠牲の上に成り立つ豊かさは、本当に豊かさと呼べるのか、大いなる疑問を投げかけている。

原発が引き起こす可能性のある放射能汚染は、電力の安定・低コスト供給のメリットを上回るデメリットであり、僕は原発稼働には賛成できない。

原発は、ベースロード電源として最良の選択肢と考えられてきた。原発のメリットについて紹介する電力会社のウェブページから抜粋すると、そのメリットは燃料を安定的に供給可能なことや、発電時にCO2を排出しないこと、発電コストが低いことが挙げられている。

しかし、原発のリスクである放射性物質の放出の可能性は、社会的な影響が大きすぎてメリットに見合わないと思われることから、原発稼働には賛成できない。福島第一原発の事故を見れば明らかなように、放射線の影響で近隣住民が暮らせていけなくなり、土壌は放射線に汚染され、風評被害による経済的な影響も考えられる。町が1つ使い物にならなくなるほどの大きな影響をおよぼす原発のリスクを負ってまで、原発を推進する必要はないのではないかというのが僕の考えである。

再生可能エネルギーのみで成り立つ社会に変えなくてはいけない

CO2削減など、自然負荷低減が目的で原発を導入するならば、再生可能エネルギーを有効活用したり、そもそも電力需要を下げることの方が大切なのではないか。原子力発電は燃料にウランなどを使用しており、再生可能エネルギーを使用しているわけではない。原発は排熱を生じることから、環境に一定の負荷をかけているのが事実である。CO2削減を本気で考えるのなら、原発を導入することよりも、自然エネルギをより有効に活用するために、太陽光発電や風力、波力発電を推し進めることの方が重要な気がする。そもそも、エネルギーを大量に消費していることが問題であるから、これをどうにかするために策を練った方が建設的である。

社会のあらゆるところで省エネルギー対策を講じ、再生可能エネルギーのみで成り立つ社会を作ることを目指さなければならない。今は高度経済成長期に日本と違い、大量生産大量消費が見直されてきている。シェアリングエコノミーが流行り、いいものを長く使おうとする取り組みは、省エネルギー化に向けた第一歩であり、大変好ましい状況である。この流れを育て、エネルギーを大量に消費せずとも、必要最低限のエネルギーで最大限の幸せを感じることができるような価値観を醸成することが大切だ。大量のエネルギーを前提としない社会の価値観が醸成された時こそ、再生可能エネルギーのみで成り立つ社会が完成する時だ。

 

大量のエネルギーを消費せずに、持続可能な形で成長を遂げることができる社会を作ることが、脱原発に向けた第一歩であると思う。今の生活を維持したまま、原発をなくせと喚くのは若干筋が違うと捉えている。僕たちが、社会を変えていく必要がある。

(C) 2018 Daichi YAMADA