鉄道で未来を変えたい

鉄道電気マンが簿記2級を取った話

2017年に簿記2級の資格を取った。鉄道の電気部門の職員としての日々の仕事が、財務諸表のどの数字と関係があるのか知りたかったからだ。実際簿記2級まで取ってみると、業務のあらゆるところで勘定科目や仕訳が思い浮かぶようになり、当然だが自分が仕事を通じて経済活動をしている実感を得られるようになった。また、常に財務諸表が意識できるようになることで、技術屋として何をすることで利益貢献につながるか考えるようになり、経営的視点で仕事を見つめられるようになったことも、思いがけない収穫だ。簿記2級の資格取得によって、自分たちの商売がなんたるかを具体的に捉えるきっかけとなり、会社の中での自分の立ち位置を把握することができることから、簿記は一般教養として大事な知識であると確信している。

財務諸表が読めない!!

簿記を取ろうと思った最初のきっかけは、決算で公表される財務諸表を読めないのが悔しかったからだ。恥ずかしながら、学生の頃は簿記だの決算だのというのは、経営学を専攻している人だけがやるものだと思っていたし、会社では経理部と経営者だけがやるべきものだと思っていた。学生の方は覚悟してほしいのだが、社会人になり仕事をし始めると、必ず年に一度、決算という言葉を耳にすることになる(四半期決算等もあるので本当はもっと多く耳にする)。そして決算の内容は、会社に勤める人全員が理解すべきものであることに気がつくと思う。僕はその事実を会社に入ってから気づいた側の人で、最初は戸惑ったし、財務諸表が全く読めないことは、とても悔しかった。学生のころに、もっと興味を持って経営学の友人にその内容を聞いておけばよかったと何度も思った。

財務諸表は簿記によって作られていく

財務諸表とは、簿記の一連の作業を全部終えると完成する企業の成績表であり、財務諸表を作成する上での基礎的な作業が簿記であるということを、僕は理解し始めた。財務諸表とは、会社と関係のある人々(ステークホルダ)が会社の状態を知るために参考とする重要な資料である。この財務諸表は、いくつかの報告書をまとめたものをいっているが、そのすべての計算の基礎となるのが仕訳と呼ばれる作業であり、簿記で学習する範囲だ。

電気屋としての仕事と財務諸表の関係

だが、簿記について調べていくうちに、鉄道の電気屋としての自分は、会社の財務諸表のどの数字と深い関わりがあるのか気になってきた。財務諸表とすべての業務の間には、必ず関わりがある。商品を仕入れれば、仕入という費用が増えて現金が減ることは分かった。商品を売れば、現金が増えて売上という収益が増えることも分かった。勤務時間中は息をするだけで人件費が発生している。では、電車線を保守するために必要な、電車線路用懸垂碍子を購入した時はどういう勘定科目なのか。電車を動かすために電力会社から購入した電力量はどういう勘定科目なのか。

簿記を取って変わった仕事観

簿記2級を取った前と後で違うのは、どの業務をしていても、勘定科目と仕訳が思い浮かぶようになったことだ。電車線を保守するために必要な材料を仕入れたあとすぐ使った場合は修繕費として営業費に入るということが頭に思い浮かぶし、受電した電気料金は電気動力費としてやはり営業費に入ることが分かってくる。トイレットペーパーは一般管理費かな?などと考えたりできるようになる。

簿記学習を通して経営的視点も身についた

また、財務諸表を常に意識しながら仕事ができるようになると、どうすれば利益貢献につながるのかを考えるようになり、経営的視点から仕事ができるようになる。財務諸表のうち損益計算書を眺めるとわかるが、営業利益を増やすためには、収益を増やすか営業費を削るかしかない。つまり、鉄道電気屋として営業利益に貢献するためには、日々の保守を誠実に実施して、安定輸送という質の高いサービスを提供し続けることでお客さまを獲得することと、保守や修繕にかかる費用をどうやって減らしていくかを考えることしかないのだ。以前の記事で、保守費用削減のための保全手法であるCBMを導入すべきと書いたが、このような考え方は、簿記の勉強を通じて獲得した視点から業務を見つめることでできた考え方である。

技術職も簿記は取得必須だと思います

簿記2級を取ると、己の商売がどういうもので、お客さまに提供しているサービスのどの部分を自分が担当しているのかわかるようになる。つまり、会社の中の立ち位置と明確な自分の居場所が、分かるようになる。財務諸表には、その会社がどういう商売をしてお金を稼いでいるのかが事細かに書いてあるものであった。財務諸表が読めるようになると、その商売をするためにどういう仕事があって、そのうち自分はどこを担当しているのかがわかるようになる。財務諸表が読めず悔しい思いをしたことからスタートした簿記学習であったが、財務諸表が読めるようになることで、会社に関する理解が深まり、自分の業務に関する理解も深まったと思う。技術屋も、教養として簿記を学習することを心からお勧めします。

原発の必要性について少し語る

日本のエネルギー問題について考えさせられる番組を見た。原子力発電が日本の高度経済成長を支えてきた面がある一方、神話化された原子力発電の安全性に日本人自らが酔いしれた結果、福島の事故が発生した。僕は原子力発電には反対である。生活に必要なエネルギーはすべて再生可能なエネルギーのみで生み出すべきだ。再生可能エネルギーによる発電電力で電力需要が賄えないとき、どうやって足りない電力を補うのかについて考えのではなく、どうしたらその発電電力で満足な生活を得て、持続可能な発展を遂げられるのかについて議論すべきである。

日本はこれからも原発を頼っていいのか(Eテレ「未来塾」番組紹介)

この番組は「どんな方法でエネルギーを生み出すべきか」という問題について、豊かさと犠牲、首都圏とフクシマに焦点を当てて考えていく、刺激的な番組であった。明治維新以降、豊かさを求めて増え続ける首都圏の電力需要を支えたのは、福島県に建設された東京電力の発電所であった。福島の人々の犠牲の上に発展し、成り立っている社会を、豊かで幸せな社会と呼んで良いのだろうかということを、番組は問うている。

文明開化に伴う電力需要を支えたのは、福島に建設された水力発電所であった。明治後期〜大正にかけ、首都圏では電灯や工場、鉄道の整備拡充に伴い、電力の需要が増え続けていた。やがて首都圏に建設された発電所だけでは首都圏の電力需要を賄えきれなくなった。福島県にある猪苗代湖は、豊富な水量とふんだんな土地、関東近郊という好条件から、白羽の波が立った。

水力発電はやがて、首都圏で増え続ける電力需要に応えられなくなり、火力発電が主力になった。水力発電所を建設するための条件に合致する場所はそう多くなく、間も無く水力発電による発電量は頭打ちになった。しかし、電力需要は増すばかりである。そこで、建設条件が水力発電所ほど厳しくない火力発電所が次々建設されることになった。1985年には、火力発電による発電電力量は水力発電による発電電力量の5倍になった。

火力発電はしかし、オイルショックによって問題視され、代わりに原子力発電が脚光をあびるようになった。1973年のオイルショックによって、火力発電が主力である当時の電源構成では、石油を輸入できなくなった時のリスクが大きいと評価されるようになった。そこで、燃料となるウランの安定的な供給を受けることが可能な原子力発電が注目されるようになった。

原子力発電がもてはやされるようになった背景には、過度に信用された安全神話や、原子力発電所を置くことのメリットがあったという。番組で紹介された東京電力の関係者の話では、地震が発生した時には原子力発電所に逃げ込むのが最も安全だと住民に説明するほど、その安全性を強調していたという。また住民側も、原子力発電所が建設されることによる雇用の拡充や文化レベルの向上を実感していたという。

しかし、絶対安全だと思われていた東京電力福島第一原子力発電所は地震によって破壊され、最悪の事故が発生した。安価かつ安定的に発電できる夢の原発の廃炉作業には、30〜40年を要するという。施設を冷却するために発生した汚染水は毎日150トンのペースで増え続け、汚染水を貯めるため1000トン級のタンクが900基設置されているという。

原子力発電による犠牲者の上に成り立つ社会を、豊かな社会と呼んではいけない。安価・安全・安定的に電力を生み出せる夢の装置と思われた原子力発電所が、日本の環境を汚染し、地域住民の生活を奪った。結果として、不完全な装置を使ったために犠牲者が出たのだ。現在の一見豊かに見える生活の陰に、こうした犠牲があることを忘れていないだろうか。そもそも、そういう犠牲の上に成り立つ豊かさは、本当に豊かさと呼べるのか、大いなる疑問を投げかけている。

原発が引き起こす可能性のある放射能汚染は、電力の安定・低コスト供給のメリットを上回るデメリットであり、僕は原発稼働には賛成できない。

原発は、ベースロード電源として最良の選択肢と考えられてきた。原発のメリットについて紹介する電力会社のウェブページから抜粋すると、そのメリットは燃料を安定的に供給可能なことや、発電時にCO2を排出しないこと、発電コストが低いことが挙げられている。

しかし、原発のリスクである放射性物質の放出の可能性は、社会的な影響が大きすぎてメリットに見合わないと思われることから、原発稼働には賛成できない。福島第一原発の事故を見れば明らかなように、放射線の影響で近隣住民が暮らせていけなくなり、土壌は放射線に汚染され、風評被害による経済的な影響も考えられる。町が1つ使い物にならなくなるほどの大きな影響をおよぼす原発のリスクを負ってまで、原発を推進する必要はないのではないかというのが僕の考えである。

再生可能エネルギーのみで成り立つ社会に変えなくてはいけない

CO2削減など、自然負荷低減が目的で原発を導入するならば、再生可能エネルギーを有効活用したり、そもそも電力需要を下げることの方が大切なのではないか。原子力発電は燃料にウランなどを使用しており、再生可能エネルギーを使用しているわけではない。原発は排熱を生じることから、環境に一定の負荷をかけているのが事実である。CO2削減を本気で考えるのなら、原発を導入することよりも、自然エネルギをより有効に活用するために、太陽光発電や風力、波力発電を推し進めることの方が重要な気がする。そもそも、エネルギーを大量に消費していることが問題であるから、これをどうにかするために策を練った方が建設的である。

社会のあらゆるところで省エネルギー対策を講じ、再生可能エネルギーのみで成り立つ社会を作ることを目指さなければならない。今は高度経済成長期に日本と違い、大量生産大量消費が見直されてきている。シェアリングエコノミーが流行り、いいものを長く使おうとする取り組みは、省エネルギー化に向けた第一歩であり、大変好ましい状況である。この流れを育て、エネルギーを大量に消費せずとも、必要最低限のエネルギーで最大限の幸せを感じることができるような価値観を醸成することが大切だ。大量のエネルギーを前提としない社会の価値観が醸成された時こそ、再生可能エネルギーのみで成り立つ社会が完成する時だ。

 

大量のエネルギーを消費せずに、持続可能な形で成長を遂げることができる社会を作ることが、脱原発に向けた第一歩であると思う。今の生活を維持したまま、原発をなくせと喚くのは若干筋が違うと捉えている。僕たちが、社会を変えていく必要がある。

出口治明先生「人生を面白くする本物の教養」日経STUDYUMセミナー受講記録

AIという単語を聞かない日はない今日、人間はますます人間らしく、クリエイティブに生きる必要があると思う。よりクリエイティブになるために、本を読んだり、芸術に触れたりする時間を大切にしている。今日、とても刺激的な出会いがあった。日経STUDYUMのセミナーで立命館アジア太平洋大学の出口治明先生のお話を聞けたのだ。教養とは知識と考察の積であり、知識を増やすためには自分の好きなことにとことん打ち込む「おたく」になること、考察力向上には「人・本・旅」が鍵となるという先生のお話は、今を生きるためのエッセンスで満ちており、とても興奮するものであった。

サービス業に欠かせないイノベーション

サービス業は現在の日本の主要産業であり、サービス業では常に新しいこと=イノベーションが求められている。かつて日本の国際競争力が強かった時代、日本の主要産業は製造業であった。正確に、大量に同じものを作ることが求められる工場では、クリエイティビティよりも素直さが求められ、そういう労働力が日本の製造業を支えていた。しかし時代は変わり、サービス業が主要産業となった現在、大事なことは新しい事・モノを生み出すこと、すなわちイノベーションとなった。このパラダイムシフトに乗り遅れた結果、日本の株式会社の時価総額は、アメリカや中国の企業にどんどん抜かされることになった。

全てのイノベーションは既存値どうしのくみあわせ

全てのイノベーションは、既存値どうしを組み合わせることでできている。この組み合わせが斬新であるほど、話題性のある面白いイノベーションになる。例えとして出口先生が例に挙げたのは、スープに人参とムール貝などを使用した野菜ラーメンだった。ラーメンも人参もムール貝も、有名でありきたりな食材であるが、これらを組み合わせることで、まだ誰も作ったことのない、話題性のある、面白いラーメンが完成する。ラーメンと聞いて連想できない食材であればあるほど、斬新なラーメンとなるのだ。

イノベーションに必要な「おたく」たち

イノベーションを起こすためには、1つのことにとことん取り組んだ人、つまり高学歴であり、「おたく」である人々による議論が欠かせない。特定の分野に関する豊富で深い知識を持った高学歴=おたくたちが結集して、凡人にはない視点に基づく議論を展開することで、斬新な既存値の組合せが発見され、イノベーションにつながるのだ。

教養=知識×考察

教養=知識×考察であると出口先生はおっしゃった。「おたく」はおたくゆえに幅広い知識を持ち合わせているわけだが、それだけではダメだということだ。幅広い知識を駆使して考えることこそ、クリエイティブであるために必要な力であり、これを教養という。また面白いことに、特定の、自分の好きなことについてとことん突き詰めることで、自然と他の分野の知識も身につくという。つまり、自分の好きなことを突き詰めることは、自分自身のあらゆる分野の知識を深めることにつながり、教養を深めることにつながるのだ。

考察を深めるための「人・本・旅」

考察力を磨くためには、人と出会うこと、本を読むこと、旅をすることが重要である。考察力は先天的に持っている力ではなく、訓練によって習得できるものだが、訓練にはお手本が必要だ。そこで、人と出会って話をしたり、偉大な人物の本を読んだり、旅によって全く異なる価値観を持つ人々と出会うことにより、考え方のお手本を見つけ、真似ることで考え方の訓練ができるという。このお話を聞いて、僕はハッとした。今まで、知識を溜め込むことは意識していたが、考え方の練習はほどんど意識したことがなかったからだ。

出口先生との出会いに感謝

出口先生の話はとても面白く、刺激的で、興奮した。新しい考え方を勉強することができたからだ。僕は今まで、ただ面白そうな本を手に取ったり、話題の芸術を鑑賞したりしていた。そうではなく、そこには考え方のヒントがあるのだ。この社会がより豊かに、そして人生をより楽しむために、出口先生が今日教えてくれたことを大切に、出会いに感謝しながら生きていければと思う。出口先生、今日は貴重なお話を大変ありがとうございました。また、セミナーを企画してくださった日経STUDYUMのスタッフの方々に、感謝申し上げます。

台湾鉄路に感じる、かつてのJR西日本

 台湾で列車が脱線する事故があった。安全装置を停止させたことによる速度超過が直接的な原因だ。しかし問題なのは、安全装置を停止させたことよりも、安全装置を停止しても列車を高速で動かせるというシステムの仕様そのものにあると考える。そして、その仕様が採用された背景には、安全より優先される何かが存在する、かつてのJR西日本に見られたような、台湾鉄路の社風があるのではないか。事故を起こすことを物理的に不可能にする設計仕様を採用し、二度と同様の事故を起こさないという強い意識を持たなければ、鉄道を運営する資格はない。

 

脱線事故の概要

 この事故は2018年10月21日16:50(日本時間17:50)、台湾北東部の宜蘭県を走る台湾鉄路宜蘭(イーラン)線の新馬駅で発生した列車脱線事故である。新馬駅は緩やかなカーブを有する駅で、報道によると制限速度は時速80kmに設定されていた。このカーブに時速140kmで進入した特急列車は、このカーブを曲がりきれずに脱線したという。

 事故発生現場の約40km手前で、運転士はATPと呼ばれる安全装置を切っていたことが分かっている。日経電子版の報道によると、運転士は列車の走行中に列車の動力系統の異常を認めたためにATPを切ったと主張している。ATPを切らなければ、速度超過することはなく、速度超過による脱線もなかったと考えられる。

www.nikkei.com

事故の原因

 この事故は、ATPを切って走行したことにより、速度を大幅に超過した状態でカーブに進入、脱線したものである。

 ATPを切ったという事実よりも、ATPを切っても高速で走行できるという、システムの根本的な仕様に問題があるように僕は思う。今回の事故を見て、JR福知山線を思い出さなかっただろうか。福知山線の事故には、カーブでの速度超過を防止することができないというATSのシステム仕様上の問題点があった。当時のJR西日本には、安全よりもダイヤを優先すべしという雰囲気があった。台鉄はどうだろうか。今回の事故には、安全装置を止めることができるというシステム上の欠点がある。安全よりも優先される何かが、台鉄に存在するのではないか。

事故が起こり得ない設計仕様を

 事故がそもそも起こり得ないような仕組みを作ることが大切だ。僕が知っている限り、日本の鉄道は、ATSを切ると低速でしか走行できなくなるため、少なくともカーブで脱線するような事故は起こり得ない。人間が操作する限り、ヒューマンエラーは必ず起こる。それを防止するのがフールプルーフに基づく安全装置なのだ。仕様を見直し、事故が起こり得ない仕組みを作ることが、安全を守る上では欠かせないのである。

CBMに基づく保全手法を、スピード感を持って導入すべき

要旨

鉄道電気設備の保守は時間基準で実施している。

設備使用開始から経過した時間を基準に予防保全を実施する時間基準保全(TBM: Time Based Maintenance)は、一定期間ごとに設備を構成する部品をすべて交換することで、設備そのものの故障率を軽減させる保全方法である。設備が故障する確率が下がる一方、まだ故障していない部品についても交換対象となるため、材料費や人件費がかさむ傾向がある。

近年、半導体センサの価格がどんどん下がり、5Gの実用化も目前に迫っており、新しい予防保全の方法として状態監視保全(CBM: Condition Based Maintenance)が注目されている。これは機器を構成する部品にセンサを取り付け、故障しそうな部品のみメンテナンスを実施する方法である。TBMと比べて、壊れそうな部品のみ対応を行うため、材料費や人件費を大幅に削減できる「次世代メンテナンス」として期待されている。

少子高齢化がますます進み、鉄道を利用されるお客さまが頭打ちになる中、CBMのような新しい保全方法を積極的に導入することが大切である。これにより、保守コストの削減が期待でき、営業利益に貢献できると考えられる。

現在の鉄道電気設備の保全は、TBMが主流

鉄道の電気設備を保守するため、一定期間ごとの点検(定期点検)と、設備を使用開始してから一定期間経過するごとに、設備を構成する部品を無条件に新しいものに更新する(定期修繕)を実施している鉄道会社がほとんどかと思う。

一定期間ごとの点検については、

  • 鉄道に関する技術上の基準を定める省令
  • 施設及び車両の定期検査に関する告示

などの、いわゆる実施基準によって定められているが、設備を構成する部品等を定期的に交換することを定める法令はない。現在主流の保全方法である、設備の使用開始から経過した時間に応じて定期的に部品を交換する手法である時間基準保全(TBM)が適当かどうかは、常に検討しなければいけない問題なのだ。

時間基準保全(TBM)とは

時間基準保全はTBM: Time Based Maintenance とも呼ばれ、設備を導入し使用開始してから一定時間経過するごとに、設備を構成する部品や装置を新しいものに更新していく保全手法のことを言う。詳しい解説についてはキーエンスジャパンの用語解説のページが参考になる。

故障率曲線(バスタブ曲線)により、設備を使用開始してからどれくらい時間が経過すると故障率が上昇するのかが統計学的に明らかになったことから、故障が発生する前に部品を交換できるようになり、設備の故障率の低下や耐用年数の向上が図れるようになった。

しかし、TBMに基づく保全方法は、まだ故障していない部品や装置も新しいものに交換するため、材料費や人件費等のコストが必要以上にかさんでいるといえる。

故障率曲線(バスタブ曲線)とは

かつては、装置が故障してはじめてメンテナンスを実施する「事後保全」が主流な保全方法であったが、信頼性工学と呼ばれるシステムの信頼性を分析する手法の発展により、設備の使用経過時間と故障率を示した故障率曲線が考え出されるようになった。

設備の使用開始直後は初期不良が考えられることからある程度の故障率が見込まれるが(初期故障期、約1年)、時間とともに減衰する。やがて故障率は全期間の中で最小の値をとる期間となり(偶発故障期)、一定期間を経過すると部品の経年劣化により故障率が上昇する(摩耗故障期)。

グラフの形がバスタブのように見えることから、「バスタブ曲線」よも呼ばれる。詳細は厚生労働省「職場の安全サイト」を参照されたい。

時代遅れのTBM

さて、現在も主流な時間基準保全(TBM)であるが、前述のとおり必要以上のコストがかかっていることは事実である。

近年、ムーアの法則に基づいて半導体の性能は指数関数的に向上しており、同じ大きさの半導体センサなら時間が経つごとに価格が下がっている。また、次世代通信規格である第5世代移動通信システム(5G)も、2020年には導入される予定であるが、この規格はさまざまなセンサをインターネットにつなげることを目的とした規格でもある。

センサの価格が下がり、それらをすべてインターネットにつなげられるようになるということは、状態基準保全(CBM: Condition Based Maintenance)にシフトする準備が整ったということだ。

次世代のメンテナンス手法であるCBM

設備を構成する部品にセンサを取り付けて、それぞれの部品の状態を監視できるようにし、故障しそうな部品のみ交換したり保守したりする保全方法のことを、状態基準保全という。

アルファベット(Condition Based Maintenance)の頭文字から、CBMとも呼ばれる。

センサの高性能化、インターネットの普及、AI(人工知能)技術の発展により、時間基準保全(TBM)と同等の保全水準をTBMより大幅に低コストで実施できると考えられることから、次世代メンテナンスといわれる。

CBMを積極的に採用し、お客さまに選ばれる鉄道会社に

少子高齢化がさらに進み、鉄道を利用されるお客さまが頭打ちとなる中、保全方法の見直しは鉄道輸送のランニングコストを下げるファクターとしてインパクトが大きいのは明らかである。

インターネットを活用するため、セキュリティに十分配慮しなければならないが、働き手が減少していくと考えられる将来、積極的に導入していくべき技術の一つであると考えている。

安全は絶対確保しつつ、保守コストをできる限り削減すれば、その分別の形でお客さまにサービスを提供することができることから、とても大切な観点である。

駅にマルシェを常設すれば「食品ロス」が減るのではないか

食品ロスを削減するベンチャーが増えているらしい

10月1日(月)付の日本経済新聞朝刊に、食品廃棄の問題に取り組むスタートアップ企業に関する記事があった。

www.nikkei.com

”若い企業がネット上に情報や食品そのものを交換するプラットフォームを構築。食品ロスの課題を事業で解決する動きが出始めた。”(リード文より引用)

環境省による調査では、まだ食べることができるのにもかかわらず廃棄された、いわゆる「食品ロス」が、平成27(2015)年には646万トンあったという結果が出ている。

https://www.env.go.jp/recycle/H27_flow.pdf

飲食店での予約の突然のキャンセル、天候悪化による客足の減少の結果売れ残ったスーパーの食品などを専用のアプリ上で販売し、利用者は専用のアプリを介して割引で食品を購入できる。

新聞で紹介されているスタートアップの企業は、食品ロスになりかけている食品を販売したい人と、食品を手頃な価格で購入したい人をつなぐ機会を提供しているのだ。食品ロスという無駄も削減することができ、三方よしである。

こういった取り組みは、アプリのみならず、リアルでも実現すべきではないか。

駅にマルシェを常設することで、余った食材を買える場を提供する

鉄道を利用する人が必ず利用する駅という空間を、利用しない手はない。

駅にマルシェを常設し、夕方、食品ロスになりそうな様々食材を並べれば、仕事帰りのお客さまがそれらを手に取る機会を提供できる。

仕事で疲れたお客さまにとって、すでに調理されているお弁当が割引価格で手に入ることは便利かもしれない。

マルシェで売るものを時間帯に応じて変幻自在に変化させ、魅力的な売り場を提供する

食品ロスを削減するための市場を夕方に開催するとなると、昼間は別のものを売る必要がある。

これについては、2018年5月27日に本ブログにて述べた、沿線で採れた野菜を流通させればいいと思う。

railway-engineer.hatenablog.com

昼間はお客さまの乗車率が低いことを逆手に、鉄道沿線で取れた野菜などの食材を輸送し、駅のマルシェで紹介し販売する。

沿線で採れた食材を使った夕ご飯は、きっと美味しいし、沿線の畑を想像しながらの食事は、きっと楽しいと思う。

電車のもつ特性を活かすことで、沿線の街と街が経済的なつながりをより深め、それぞれの街のコミュニティをより深いものにすることができる。

その試みもまた、三方良しの精神には背いていない。つまり、みんな幸せになれる取り組みなのではないかと思うのです。

外国人留学生に選んでもらえる街を作ろう

夕方のテレビニュースで、日本での留学を考えている外国人にとって、賃貸住宅の契約が高い壁になっていることを知った。

毎日新聞に関連記事を見つけた。文化の違いや契約書に書かれた日本語の難しさのため、悪気はないのにトラブルになるケースが多いという。

法務省の統計にもあるように、日本で暮らす外国人の数は2012年以降増加の一途をたどっており、グローバリゼーションは私たちの街にも確実に浸透してきている。異なる文化に触れる体験はとても刺激的であり、僕はグローバリゼーションの流れには賛成派である。住み慣れた故郷を離れて暮らす留学生や労働者の方は、意欲的でエネルギッシュな方が多く、文化的にも経済的にも、日本に恩恵をもたらしてくれていると思う。
しかし、外国人にとって住みやすい街かという視点で自分の住んでいる街を見渡してみると、まだまだ改善すべきところがたくさんあると感じる。
未だに駅の案内放送は日本語のみであるし、街を歩いていても外国語が併記された案内看板を見ることは少ない。
そこで、まずは駅放送や駅案内看板の多言語化など、外国人にとって使いやすい環境を整備した上で、鉄道会社が、外国人留学生や外国人労働者向けの賃貸住宅を提供するのはどうだろうか。
外国人留学生や外国人労働者が増え、彼らが住みやすい街だと実感してくれれば、次第に街に外国人が増え、街は外国人にとってよりフレンドリーな街へと変わっていく。外国人が親しみ深い存在となれば、もはや外国人と賃貸契約を結ぶことは躊躇しないだろう。
グローバリゼーションがどんどん進行、浸透するいま、鉄道会社はこういうインパクトを積極的に社会に与えていかなければいけないと思う。いつまでも今のまま変わらなければ、そのうち外国人にもそっぽをむかれかねない。そうなったら終わりです。
(C) 2018 Daichi YAMADA